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​相談員のMyStory

どうやってここへたどり着き、なぜ相談員をやっているのか?

 私達相談員は全員、皆さんと同じように海外で暮らしています。(または、暮らしていました。) 国際結婚、駐在帯同、海外就労、などなど理由は様々ですが、みんな誰もが、海外だからこその悩みや葛藤をたくさん抱えていました。いや、今もまだ抱えています。

日本で暮らしていたら分からなかったこと、知らなかった事もたくさん経験しました。 でも、だからこそ皆さんのお話に共感し、時にはちょっとだけノウハウなどもお伝えできるのだと思います。

そうなんです! 今は相談員という役割をしている私達も、 皆さんと同様 「海外という同じフィールドの上に立つ、悩める人」なんです。

そんな私達が、どうやってここへたどり着き、なぜ相談員をやっているのか、、? それぞれの「マイストーリー」を書いてみました。

一人一人のドラマの中に、皆さんの海外生活のヒントになるエピソードがあれば、幸いです。そして、そんな相談員に、是非あなたのお気持ち、考えている事など、気軽にお話し下さい。 zoomで!メールで!お待ちしています。 思いを込めて書いた、相談員達のMyStoryを是非ともお読み下さい!

Vol.6 愛 (2020/3/16 up)

現在は日本で、駐在家族向けの家計相談などを行っている私ですが、アメリカで2年ほど駐妻として生活した経験があります。もともと環境の変化や海外生活が苦手な私は、夫の赴任が決まった時から不安でいっぱいでした。でも、赴任先は生活環境の整ったアメリカで、長期休暇には家族で旅行が楽しめるだろうと、できるだけ良い面に目を向けて自分を奮い立たせて渡米しました。 実際、アメリカ生活は楽しいこともたくさんありました。しかし、滞在期間の短さもあって、全体を通すと苦しみのほうが大きかった印象です。仕事を失った悲しみ。今後の目標が定まらない不安。海外での子育てのやりにくさ。これらは想像していた以上で、これまで経験したことのないほどの落ち込みや無気力感などを味わいました。何をしても日本と比べてしまい、これまで喧嘩など皆無だったのに、夫に不満や怒りをぶつけることもありました。自分が軽いうつ状態だったことは自覚していましたが、幸い大学で心理学を学んだ経験があったので、日々自分自身を癒す努力をし続けました。 私がヘルプデスクの活動を知ったのはすでに日本に帰国した後でした。「あのつらかった時期に海外こころのヘルプデスクがあったらどれだけよかっただろうか!」と思いました。話を聞いてもらうのは心のケアに役立ちます。当時もそのことは十分知っていましたが、夫は理系タイプで解決策を求めない相談は基本NG、親や友人は時差もあり連絡がなかなか取れない、日本人の友達に会う機会は月に1,2回程度だし、その上、時期が来れば本帰国してしまうのでなかなか仲良くなれない、などなど。深刻な悩みはもちろん、世間話をする相手すら見つけられずに「孤独感」と戦い続けていました。ヘルプデスクの活動は、かつての私と同じように孤独と戦う人に必ず役立つことと思います。 この素晴らしい活動を広げていきたい!という想いから、私も相談員として参加することをしました。現在は仕事や子育てて忙しい日々ですが、「少しはお役に立てたかな?」と思えたときの喜びを励みに変えて頑張っております。ヘルプデスクは利用してくださる方がいなければ続けることができません。どうぞお気軽に利用していただき、活動をご支援ください!ご利用をお待ちしております。

Vol.5 ともみ (2020/3/2 up)

夫の転勤で2000年にシドニーに移住しました。引っ越した頃は、子供もおらず仕事も始めてなかったので、知り合う人といえば夫の同僚しかいませんでした。近くに日本人の友人がいない状態が半年くらい続き、嫌なことも少ない代わりに、嬉しいことも少なかったと記憶しています。時々、日本の友達とメールをしたり、帰国時に会って話すくらいで、今考えてみたらおしゃべり好きな私がよく乗り切ったな、と思います。 当時の私は活字中毒気味で、持っていった旅行&移住ガイドブック4~5冊を繰り返し何度も読んでいました(小説だと内容を知ってるので何度も読めないけど、ガイドブックは丸覚え出来ないので何度も読めます、笑)。 その後、子供が出来、子供を通じて増えていったママ友から相談を受けることが増えてきました。でも「アドバイスしてもそのとおりに行動しない人がいる。なのになんで相談されるんだろう?」「どうせならアドバイスの精度を上げたい」と思ったのが、私が傾聴ボランティアを始めたきっかけです。いま振り返ると、ちょっと苦笑してしまいます。何故なら、カウンセリングや傾聴を学び始め最初に学んだのは「アドバイスやジャッジをしないこと」だからです。真剣に「解決能力アップ」を目指して学び始めたので「アドバイスしないんだ?!」は、目からウロコでした。それと同時に「だからうまく相談にのれている感覚が得られなかったんだなぁ」と合点がいきました。 さらに「話すだけで気が楽になる」「相手はもともとアドバイスを求めていなかった」「だからアドバイス通り行動しなかった」「ただ聴いてほしだけだった」という事に気づきました。 今ではボランティアや友人の話を聴いていて「気持ちを話すだけ」で元気になる場面に何度も立ち会っています。そしてその度に、聴いている私も勇気や活力をもらっています。 今でも私自身も度々話す側になっています。感情にどっぷり浸かってあたかもその出来事が今起こっているように息も絶え絶えに話しても、一通り話すと「話しているだけでするすると糸がほぐれる感じ」や「すっと光が差すように霧が晴れるような」ことが起こります。 「話を聴くだけで目の前の人が元気になる」なんて、わたしたち人間はお互いにどれだけ助け合っていることか♡と希望が湧いてきませんか? 私達が人に話したくなる時は、自分の大切な何かが聴いて聴いて、と言っているからだと思います。嬉しい話、悲しい話、重い話、誰にも言えない話、自慢話、映画の感想、など、何でも話してみてください。そして、話すことの良さを感じたら、たった1分でいいので身近な人や、今日あった見知らぬ人の話も聴いてあげてみてください。 私は、話し相手がいなかった頃を振り返って、どんなことでも気軽に話せる存在って大きいと実感しています。だから、話したくなったらどんな話でも良いので、ヘルプデスクで話してみてください。

Vol.4 みほ (2020/2/17 up)

思い返せば、海外と関わってきた間には「どうしてこうもうまくいかないことが多いんだろう?」の連続で、毎日心臓が縮んでいた日々を経験してきました。大学時代や就職後のプチ留学、アメリカで過ごした新婚生活、現在の子連れでの駐在員生活を通して、どうすることも出来ずに立ちすくみ、悩んだまま何もできなかったことが沢山ありました。 よく「経験しないと分からない」と言うけれど、『こんなこと経験しなくても良いのでは?』と、思うことだって多々あります。人生楽しいことばかりでは無い、と大人ですから分かっていても、「どうすればいいの?この気持ち!」が膨れ上がって、どうにもできない自分を発見することもありました。 でも言えない、 だって誰に言えばいいの? 主人にも言いにくい 子供にも申し訳ない 夫婦ケンカも増えてしまった 友達に言うのだって恥ずかしい、、、 どう伝えていいかも分からない 親にも言いにくい、言ったら心配され過ぎるかもしれない 私を知らない誰かに話してみたい 同情はいらないけど客観的な意見が聞きたいと、 自分の気持ちの行先き、問題解決の行先きを求めさまよったこともあります。それを乗り越えて「今」がある私にできること、それが、このヘルプデスクの相談員をしている事、だと思っています。 私はかつて独身で留学生活に挑戦しました。就職してからは、日米の働き方の違いで苦しんだ経験もあります。その後、 教育学を学び教職時代に見えてきた子供達のケアや、自らがコーチングを受ける側で得た知識なども、とても貴重です。3人の子供を育てながら体験した、日本と海外での学校内・外での異なる体験やそこで感じた事もたくさんあります。今では、海外で生活している日本人向けに、ファイナンシャル相談をさせてもらっていますが、逆にお客様から学び、教えていただく事も多いのです。私の「うまくいかなかった日々」にとっては、これらの全ての事が、貴重な体験・経験・知識となっています。 だから、ヘルプデスクの相談員になる事に、全く迷いは全くありませんでした。 私のように「うまくいかない」と感じている相談者さんの気持ちを聴きたい!その想いで相談員をしています。 精神科医でもない、心理学者でもない私、でも経験値と多くの学びを通して、お役にたてることが沢山あると信じています。うまくいかなかった事も含めて、私のしてきたことを、私の知らないどなたかのために、悩んでいる方のために生かせたらと、それは私の願いの一つです。

Vol.3 AYA (2020/2/3 up)

私は30になるまで『何をしたいか分からない、万年自分探し人』でした。女の転職は30までと言われた時代に、偶然興味を持った分野、人事系コンサルタント会社に、全くの素人で入社しました。失敗しつつ仕事を覚え、少しずつ成長し、挑戦と学びの中辛くも楽しく働いていました。幸いにも2回の産休・育休、復帰後も出張などに配慮して貰い、10年目、子供に手が離れ、業務も順調にが回り、憧れていたプロジェクトメンバーとして充実した日々を送っていたある日、帰宅した主人から 「ニューヨーク支店の仕事が決まった。」と。 それまでもシンガポールやロンドンへ行くかも、と言われても一向に決まらないので、少し前に言われたニューヨークのことも聞き逃し、まさに青天の霹靂! 主人はアメリカ人。いつかは渡米し、子供の学校は向こうでという話はしていたし、ちょうど長女がアメリカの義務教育開始の年だし、行くなら最善なタイミングです。次女も3歳、会社の引っ越しサポートもあり、総合的に判断して行くべきなのは明らかでした。 渡米の2週間前まで出張へ行き、1週間前まで勤務し、最終週は次女が水疱瘡になり、最後まで目の回るような忙しさの中、なんとかアメリカへ! 1年目は殆ど英語を話さなかった子供達のサポートに徹し、慣れない運転や手さぐりで子育てを学び、2年目に入り落ち着いた頃から、意味もなく虚しさを感じるようになりました。日本の友達の楽しい話、前職同僚の活躍について聞くたび「私は何しているの?来なきゃよかった」と落ち込む日々でした。そこで情報収集し、履歴書を送ったりもしましたが、40過ぎてアメリカの学歴も職歴もツテもない、職種は選びたい!なので収穫ゼロ。『私はここでは不要な人間なんだ』心底そう思いました。多忙で悲鳴を揚げていた日本の生活は充実していたと、今が惨めに思えてきました。「家族にとっては良くても、私は何もかも失ってしまった」と、主人に対しても「あなたのせいで!」と怒りました。 でも、 主人の仕事がきっかけだけど、決めたのは私。子供達のためではあるけれど、私の意思だ! そう思うと、目の前の霧が晴れ、清々しい気持ちになり、ワクワクすらしてきました。 それから、ゆっくりやりたいことを探し、コーチングの本場であるアメリカで10ヶ月に亘るコーチングコースを受け、苦労しつつテスト合格し、プロ認定コーチとなりました。以前の私と同じ、異国の地で頑張るけどちょっと疲れてしまった人々の気持ちに寄り添って、私の様に長く悩まずとも踏み出せる様にサポートしたい!という気持ちから、異文化コーチングビジネスをスタートさせました。 同時に、今まで私を支えてくれた人たちへの恩返しにと、ボランティアを探しましたが、時間的制約でほぼ断念した数日後、仕事のネット検索中に見つけたのがヘルプデスク代表のブログでした。「私が思っていることをしている人がいた!」と大興奮したことを今でも鮮明に覚えています。ボランティアの募集があると知り、興奮冷めやらぬままメールを送り、数日後には代表と話し、2018年11月から本格活動を始めました。 あれから1年ちょっと。今は、過ぎた時間にもう1年?濃い1年にまだ1年?と充実した日々を振り返っています。 今、私は相談員ですが、皆さんと同じ立場に数年前までいました。今でも誰かに話を聞いてもらいたくなることも少なくありません(メンバーに聞いてもらうこともあります)。ヘルプデスクに参加するようになって『人間って良いな』と思う瞬間が度々あります。ここでは聴くのも、話すのも『参加』です。ぜひ『人間って良いな』の瞬間を一緒に増やしませんか?

Vol.2 KANAKO (2020/1/20 up)

9年前、日本でイギリス人の夫と結婚し、その直後に、夫が海外転勤となりました。帯同するために、日本での仕事を辞め、最初は中東で暮らし始めました。その後、ヨーロッパの駐在を経て、2年前からアメリカで、夫と2人の子供と生活をしています。 度重なる転勤生活を経ながらも、日本では営業職やマーケティングの仕事を計10年以上やって来たこともあり「またいつかはどこかで仕事をしたい!」と望んいました。しかし、中東やヨーロッパでは、治安問題や就労ビザの制限に加え、出産・子育てで私自身に余力がありませんでした。幸い、アメリカに来てからは、子供達も保育園に入り、私も就労ビザも取得できたので、就職活動の末、現地企業で仕事を開始する事が出来ました。 ずっと働きたい!と思っていたので、仕事は楽しく、出来ればもっともっと働きたいという願望があります。しかし、実際ここは子育て支援ゼロの環境なので、病気がちで保育園を頻繁に休む子供を抱える私は、時間的に融通が利く仕事しかできません。また、主人がまた転勤する可能性が高いため、私の方は希望するような会社で一貫したキャリアを形成できないもどかしさを感じていました。 そんな折、友人が「海外こころのヘルプデスク24時」の相談員であるという話を聞きました。 「相談員という仕事であれば、居住地は不問で、時間の融通も効く。また、年齢不問で、長く続けられる仕事である。しかも、自分のこれまでの海外転勤生活、海外出産、海外就職などの経験を生かして、今、海外生活で悩んでいる方のお役にたてるかもしれない。」と思い、応募しました。 今回相談員として皆様のお話を伺う機会を頂けたことは、とても嬉しく、また非常に有り難く感じています。微力ですが、自分のこれまでのキャリア、国際結婚、海外出産・子育て、現地就労などの経験を活かしつつ、少しでも海外生活でお悩みの皆さんのお役に立てるよう頑張ります!

Vol.1 Naoko (2020/1/13 up)

日本在住Naokoです。私は駐妻として、アジアに2回帯同経験があります。 帰国後10年が過ぎようとした頃、相談員募集を見つけ「まさに私が海外にいた時に欲しかったサービスだ!」と速攻応募しました。在住当時はスカイプをしていた人もいましたが、まだ少数派。 私は高い国際電話代を払って日本へ電話していました(夫には内緒です) 。海外に居ると時間に余裕があるため、色々な事を考えてし まうんですよね。子供の学校、夫婦関係、自分の事。けれども、海外で知り合った日本人のお友達には気軽に話せないこともあるし、へたすると狭い日本人社会の中であっという間に広まってしまう危険も潜んでいます。ヘルプデスクのシステムを考えた代表は凄い! 私の場合、仕事を辞めて子供を連れて帯同しました。性格的にはどこでも楽しめるタイプだったので、それなりに楽しんできましたが、帰国するタイミングが長女の高校受験と重なったり、家を建てていたのでやる事も多く、コップの水が溢れるように私の限界を超えてしまい、パニック障害の症状がでました。 「夫は忙しいから、私が完璧にやらなきゃ!」 と、当時はアクセルとブレーキを同時に踏み続け走っていたんですね。 それでも何とか娘も進学校に合格し、家も完成しましたが、発作はその後の私の生活を脅かし、行動範囲も狭くなり、帰国後の生活は虚しいものに変わっていきました。 更年期の影響もあったかもしれませんが、まだパニック障害についての情報もあまりなく「なんで私が、、」というのが知りたくて、身体と心について(グラウンディング)深く勉強するようになりました。 お陰で「ママはもう50歳で死んでもいいや」なんて言っていたのに、とっくに越えてしまった今が絶好調!です(笑) 心の悩みは身体の反応となって現れるし、身体の不調は心へと影響が及びます。 そのしくみを知った今、あの長〜いトンネルの中にいるような不安感はなくなり、これからの人生が楽しみで仕方ありません。 勿論、帯同中も色々あったことを思うと、自分と同じように海外での悩みを誰かに相談したい、日本語でボヤきたい、1人になったときのザワザワした不安感を聞いて欲しい、と思った時に、利害関係なく話を聞く場所となり、楽になって欲しい、という気持ちで相談員をしています。「もっと楽に快適になるための身体教育」を仕事にしている私だからこそ、身体に繋がるココロも軽くなって貰えたらと願っています。 「あなたはあなたのままでいい」 と言う、当代表の言葉が好きです。 身体の癖も思考の癖も人それぞれ。正解、不正解はなく、今まで生きてくるのにそれが必要だっただけで、新しいオプションを選択してみる、という方法もあります。 皆さんとお話しできる機会を楽しみにしていますね。